風のかたみ

おどろおどろしき妖術を操る陰陽師など、時代物ならではの面白みも堪能しつつ、今昔物語に題材を求めた王朝ロマン、雅にして、妖しくも繰り広げられる、原型ともいうべきクラシックな恋物語も飽きず読み進める。

さて読後4月を経てもなお、ドラマティックなストーリー展開より、「ただびょうびょうと渡る風の音」が胸に鳴り、「なびく枯草の原」が眼前のごと目に浮かぶ。

その残像は、4月が一年になろうと生き続けるだろうとすら思わせるのは、それだけ丹念な描写のなかに、いわば日本人なら誰でも心に宿している原風景を見るからなのである。

たとえば映像で表現すれば、ものの数十秒のところを、右になびき、左に翻りして泳ぐ枯草を手を変え品を変え描写し、曇天を走る雲の様を言語で表現し尽くして「風」を描く。
忘れがちな「小説・言の葉遊び」の愉しみがそこにはある。
いつまでも残る残像に登場人物が、あるいはきぬずれとともに浮かんでは消える。

読者も気持ちよく妖術にかかればよいのである。


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作者名:福永 武彦
ジャンル:小説
出版:光文社

風のかたみ(光文社文庫)