うなドン 南の楽園にょろり旅

本書は○○学の本である。

去る2月1日、日本の研究チームが天然のニホンウナギの卵を発見したことが発表された。
おおそれはすごいっ、よくやってくれたっ……と感じた人はどれくらいいるだろうか。ウナギといえば日本の食卓ではおなじみの食材だけに、ニワトリやらサケやらニシンやら、そんな卵ばりにゴロゴロしているものでしょ……と思ったら、実はこれが大間違い。天然のウナギの卵はそれまで発見すらされていなかったのだ。
現在、日本の食卓で消費されているウナギのほとんどは、“どこか”で生まれて回遊しているウナギの仔魚(レプトセファルスという)を養殖したもの。しかし、その“どこか”もよくわかっておらず、そしてその大元である卵は世界中の誰も見たことがない。ウナギとは実はそんな謎多き生物であり(そもそも地球上のウナギはわずか19種類しか確認されていなかったりもする)、「とうとう卵が見つかった」というのは生物学的には大きすぎる一歩なのである。
そんな世界的大発見をしたのが東京大学大気海洋研究所をはじめとする研究チームであり、その東大チームの主力メンバーである青山潤特任准教授が本書の著者だ。

ということは当然、本書はウナギの生態系を追い求めた学術的な記述に溢れた生物学の本……ではない(タイトルからしても違う気がする人は鋭い。鋭くないか)。一瞬、冒頭に戻ろう。あえて「○○学」という言葉を使えば、
本書は博物学の本、なのである。
なお、博物学とは、大航海時代などに王様や貴族などをスポンサーとした冒険家が、あらゆる地に出向いて見聞きしてきた遺跡や風土や風俗、言語、特産品……ひっくるめて「文化」を報告することから生まれた学問である。

本書は、筆者が初めてウナギの採集にインドネシアに旅立つ『高く跳べ にょろり旅TAKE1』、表題作となるタヒチでの『うなドン 南の楽園にょろり旅』、そして船でインド洋に向かう『ちょっと海までにょろり旅』の短・中編の三作で構成されている。その作中で、ウナギの生態系の解説や学術的な記述はおそらく5%にも満たない。また、中編であるタヒチ行きでは採集目的だったメガストマ種のウナギに出会わないで終わっているし、インド洋編で成果的な記述があるのはわずか1ページしかない。
それ以外のページ、95%を埋め尽くしているのが、インドネシアやタヒチでの文化や人々とのふれあいであり、インド洋にたどり着くまでの海賊への警戒や、船内での様子なのである。インドネシアで筆者が遭遇したラマダンでの悶絶や、“地上の楽園”であるはずのタヒチで海にも入らずにウナギを探していたら遭難状態になった話などが、たとえ逆境でも悲しさなどみじんもない、イキイキとした軽いタッチで描かれている。筆者ひとりでもその軽やかさが心地よいが、タヒチでのジュン(筆者)、シュン(後輩の渡邊俊氏)そして先生(塚本勝巳教授)が織りなす軽さのチームワークの前には、あっという間にページが進んでいくこと間違いない。あ、余談ながら、作中で「いいことをしよう」、もしくは「悪いことをしよう」、そんな流れになると、必ず思いがけないどんでん返しが起こる。そこは笑うポイントなのでお見逃しないように。後半、その流れに気が付き始めると「来たーっ」と予感ができます(笑)。

研究者は白衣をまとって顕微鏡をのぞいているだけではない。世界中の自然を相手に、文化に触れながら発見を重ねていく。そう、本書は新しい博物学の本——
インドネシア編に始まってタヒチ編を読み進めていくうちにそう感じつつあったのが、タヒチ編のエンディングで筆者自らそう書いていた。ああ、うまく踊らされていましたね(笑)。

最後に。
“鰻丼”もしくは“うな丼”など、ウナギの蒲焼きが乗った丼に関する記述は作中には一切ない。記述どころか単語も出てこない。ではなぜ「うなドン」——?
その由来は、博物学に関する記述の周辺に出てきます。
卵の発見だけでなく、著者をはじめとする日本の“うなドン”たちに、今後も幸多からんことを。

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作者名:青山 潤
ジャンル:エッセイ
出版:講談社

うなドン 南の楽園にょろり旅(講談社)