キリスト教徒でなくとも、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』をごぞんじの方は多いのではないだろうか。イエス・キリストがパンを「我が体」、ワインを「我が血」として12人の弟子たちに与え、「この中に裏切り者がいる」とこの晩餐のあとに訪れる受難と死を予告するシーンを描いた名画だ。
厳かな雰囲気の中で執り行われるミサ
このキリストのありがたい体と血、すなわちパンとワインを「聖体」というのだが、パンといっても無発酵の薄く丸いウェハースのようなものらしい。
この聖体を拝領し、神を讃える盛大なミサと行列(Corpus Christi)が、6月14日にリマの旧市街で執り行なわれた。この日の参加者予測は2万人以上という発表のとおり、小雨の降る寒い日だったにも関わらず、本当に多くの人々がカテドラル(大聖堂)の前でじっとミサの開始を待っていた。こういう時のペルー人の深い信仰心には、心から敬服する。
聖体を求める人々。私も欲しかったが、 さすがに
「ちょっと味見を…」とは言えなかった
10時を過ぎたころ、シプリアーニ大司教と数名の司教がカテドラルから登場し、『聖体祭り』が始まった。長いミサに続いて聖体拝領の儀式が始まると、多くの信者たちが一人ひとり司教の前に歩み出て、ワインを浸した小さなパンをその口に入れてもらう。人々の表情はとても満ち足りていた。彼らにとって、この世にこれほど甘美なものはないのかもしれない。
祭りと言えば、いつもあれこれ食べまくってお腹いっぱいというのが私の定番だったが、こうした人々の祈りや讃美歌の声で胸がいっぱい、というのもまたいいものだ。それにできればパンとワインは別々に食べたいし……と思い、会場をあとにした。
「クイクイ……」となんともか細い声で鳴く
アンデスのご馳走、クイ
変わり果てたクイ。耳や歯、後ろ足の爪が
在りし日を想像させる
しばらく歩くと、路地の一角から何やら香ばしい匂いが漂ってきた。小さな屋台を覗いてみると、そこには見事に丸揚げされたクイ(テンジクネズミ)が在りし日の姿を保ったまま、ころんと調理台の上に置かれているではないか!
クイの代わりにチーズとブドウを
添えていただきました
聖体祭りの日にクイを見るとは、なんと正しい組み合わせだろう。というのも、リマとクスコにはかの『最後の晩餐』の絵があるのだが、そのどちらにもパンとワインの他にこのクイ料理も描かれているからだ。
白や薄茶色の毛に覆われたつぶらな瞳のクイは、なんの手間もなく簡単に繁殖するので、アンデスでは大切なタンパク源として今も昔も変わらず食べられている食用のモルモット。観光客は口をそろえて「こんなに可愛らしいのに食べるなんて!」と思うようだが、かりっと香ばしく揚げられたクイはなかなかどうして美味いものだ。
祭りや週末家族が集まる日、アンデスではご馳走として必ずクイが供される。だからキリストや弟子たちが集うのにクイ料理がなくてはそれは晩餐とは言えない、と当時の画家たちが考えるのも無理はあるまい。
さあ、今夜の晩餐にはパンとワインを用意しよう! 私はペルー版『最後の晩餐』の絵を模した絵葉書を眺めながら、真っ赤なワインをゆるりと飲みほしたのだった。