リマ市内を南北に走る高架式鉄道「Metro de Lima(リマ・メトロ)」。1986年に着工されたにも関わらず、さまざまな理由から頓挫しずっと放置されていた。紆余曲折の末2011年7月にようやく完成したが、実際に一般乗客から料金を徴収できるようになったのは2012年4月から。こんなのんびりした公共工事があるのかと、この国にはいつも驚かされる。
高架式鉄道リマ・メトロ、アンガモス駅その後も延伸工事が続けられ、今では26駅総延長34.6kmという立派な路線になったメトロだが、その工事がそろそろ終わろうという今年6月にとても興味深いニュースが流れた。「メトロのとある駅から、墓地をまたぐように造られた通路がある」というのだ。新聞には、無機的な鉄製の階段が墓の上すれすれを通って墓所まで伸びている様子が掲載されていた。誰が設計したかはしらないが、頭上を土足で歩かれた日にゃホトケさまもおちおちと眠ってはいられないだろう。遺族の反発だって目に見えている。この国のすることに、またひとつ驚かされてしまった。
「黄色い線より下がってお待ちください」
「降りるお客さまを優先しましょう」
といった構内放送が流れるその不思議な階段を見に、話題の駅「プレスビテロ・マエストロ」へ向かった。この駅は週末や特別な日には乗降客で溢れかえるが、普段の利用者はたいへん少ない。それもそのはず、ここはラテンアメリカ初の公共墓地、「プレスビテロ・マティアス・マエストロ墓地」の最寄り駅だ。周辺は治安も悪く、地域外の人が集まるような場所もない。いわば葬儀への参列や墓参りのためだけに造られた駅、まさに“天国にいちばん近い駅”という訳である。
プレスビテロ・マエストロ駅から墓地を望むさて、プレスビテロ・マエストロ駅に到着。できたてほやほやのきれいな駅だというのに、利用者の姿はほとんどなくがらんとしていた。そして例の階段も見当たらない。ニュースにもなるような通路だ。必ずどこかにあるはずなのだが……。
駅員に尋ねたところ、その通路は現在閉鎖中ということがわかった。しかもこのホームから直接伸びているのではなく、駅舎のすぐそばの建物に敷設されているというのだ。えー? 駅から直接じゃないの? がっかりしていると、彼は「その階段なら(走行中の)電車の中から見えますよ」と教えてくれた。せっかくプレスビテロ・マエストロ駅まで来たのに、そのまま折り返す形となってしまった。
電車が駅を発ってすぐ、眼下に広がるプレスビテロ・マティアス・マエストロ墓地が見えてきた。そして……あった! 墓の上を跨ぐ階段が! ペルーの墓地は一見団地の様な造りで、四角い建物の中に棺をどんどん収めていく形になっている。例の階段はその“団地墓”の上を乗り越え、墓地の中へと下りられるようになっていた。
車窓から見た階段と墓地。日暮れ以降にこの階段を通るのは、ちょっと遠慮したい個人的には、いくら治安の悪いエリアでも墓の上に階段を造っていいとは思えない。例えそのための駅であってもだ。カトリック信者の多いこの国では土葬が主流で、なにか事件があると棺を取り出し遺体を調べることすらある。そんな霊廟の上を歩くなんて……うぅ、考えただけでも恐ろしい。車窓に遠く流れていく景色を見ながら、あの階段を設計した人が夜な夜な悪夢にうなされていないか、ふと心配になってしまった。