初回にも書いているが、私は山手線の某駅でアルバイトながら駅員をしていたことがある。
アルバイトならアルバイトなりの制服でいいではないかと思いつつ、幸か不幸か本職(?)の人たちと同じ制服で駅頭に立っている(違ったのは社章がないのと、ネームプレートくらい)。当然ながらこうなるとお客さんからしたら私は一駅員でしかなく、そこにはアルバイトも社員も関係ない。また、仰せつかった仕事は自動券売機の前あたりで、特に指定席券売機(MVと呼ばれる機械)でのきっぷの買い方をお教えするというものであったが、そんな状況なので周辺の道案内から改札内にあるATM(『VIEW ALTTE』)の操作方法までなんでもやった(ちなみにホームには一度も降りたことがない)。それが雇ってくれている側へ果たすべき責任……なーんて高い理念を持ち出すまでもなく、単純に声をかけてくれるお客さんに迷惑をかけないように、また自分が胸を張ってちゃんと案内をできるように――そんなことを思いつつ、時刻表を小脇に抱えて日がな一日きっぷ売り場前をウロウロ(妙な書き方だが、これがいちばんしっくりくる)していたものである。
今回はそんなときに経験したおはなしを。もちろん今回だけでなく、山のようにあるエピソードをこれから小出しにしていく次第です。
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ある日のこと。
その日も「『みどりの窓口』に行列するくらいなら自動機で買っちゃいましょう」なんて案内だったり、思いっきりの“単語英語”を駆使して外国人のお客さんに乗り替え案内(Go To Platform No.3 is Yamanote-line.○○times Stop Yoyogi-St.Yoyogi’s Transfer Sobu-line From Chiba.Next Station is Sendagaya!=「3番線に行ってもらうと山手線、それから○個目の代々木駅で千葉方面の総武線に乗り換えると、その次が千駄ヶ谷駅だよ!」の意)をしてみたりと、いつもと変わらない昼下がりに、見るからに上品な老夫婦がやってきた。
「すみません、蒲田から東急池上線に乗り替えの連絡きっぷのことで……」
A駅の連絡きっぷの案内※クリックすると大きくなりますここで写真をご覧いただきたい(クリックすると大きくなります)。これはA駅で撮った私鉄への連絡きっぷの料金案内で、中央部に写っているのはまさに東急池上線への案内である。A駅から蒲田へのJRの運賃、そして東急池上線の目的地までの運賃を合算で支払っておくことで、乗り替えるときに再度きっぷ売り場に行く手間が省ける連絡きっぷ。で、写真をよく見ていただくと、東急池上線にはJRからだと蒲田だけでなく五反田からも乗り換え可能なのがわかる。さてここで、私の勤務駅をA駅として話は元に戻る(A駅に話を変換しているので、この後に出てくる駅名に関しては現実に私がしたやりとりは微妙に異なります)。
「……連絡きっぷのことで、蒲田から長原まで行きたいのですけれど、ひとつ前の洗足池までは310円なのに、長原は300円になっています。これは割引かなにかなのですか?」
旦那さんにそう尋ねられたのを受けて、三人揃って料金表を見に行く。確かに蒲田から乗り替えると長原の手前にある洗足池は310円、奥になるはずの長原が300円と記載されている。
これはなぜか。
もちろん割引などではなく、洗足池の310円は蒲田からの乗り替え、長原の300円は五反田からの乗り替えを対象にした料金だから、である。
そっちのほうが安いから、という理由ではなく、通常、JR各駅の自動券売機で買うことのできる私鉄への連絡きっぷは、私鉄側の運賃で200円前後までに設定されている。東急池上線の蒲田から長原までその設定の範囲内であれば、“蒲田からの料金”“五反田からの料金”が並記されており、上の写真でも洗足池は「蒲田から310円」、「五反田から300円」と記されている。ただ、蒲田から乗り替える場合、洗足池以降でちょうど運賃区間替わりとなり、発売料金の上限を超えてしまったため、蒲田からの料金記載はなくなっている。その結果、A駅では蒲田乗り替えで長原までの連絡きっぷは買うことはできず、もちろん蒲田からの300円の連絡きっぷを買って長原の改札を出ようとしても出られずに超過運賃の精算が必要、そういう状況なのだった。
ちなみにこちら、東急池上線の長原駅……つまりですね、蒲田で乗り替えずに五反田まで行ったほうがまず料金が安くなります。また、蒲田で乗り替えられたい場合は、すみませんが蒲田で改めて東急さんのきっぷをお買い求めいただくか、当駅で蒲田経由300円の連絡きっぷをお買い求めいただいて、長原で少々の追加を精算となります。
あらそうなんですね蒲田からの景色が好きなのでじゃあ蒲田まで行ってまたきっぷ買いますわ行きましょうお父さんありがとうござ――
奥さんがそう言うが早いかのところで旦那さん豹変。
「なぜキサマに乗る電車まで指図されにゃいかんのかっ!」
へっ!? 瞬間的にマヌケな声を挙げただろう私を置き去りに、お前じゃなくてこっちが乗りたい電車に乗るんだっ云々と延々30分ほど続けて罵倒(笑)。さっきまで旦那さんと仲むつまじい様子で尋ねてきた奥さん、数十m離れて遠巻きにこちら眺めている。ちょっと、助けてくださいよ(泣)。そしてこういう事態は避けているかのように本職は誰も通りかからない(笑)。
駅員として想定されるあらゆる事態についてのいっさいのトラブルシューティング、もっと言えば接客方法すら教えてもらっていない私(JR東日本はいい度胸してるなと常々思っておりました)。とりあえず「そういうことを言っているわけではなくてですね」と言いながら謝り続けているうちに、旦那さんも疲れちゃったのか撤収。奥さん、近くまで戻ってきて「みっともないことしないの」だって(笑)。とほほ。
まあ、旦那さんが罵声を挙げている最中、入れ歯が外れかかって口に戻す(!)というコントみたいなシーンがあったことと併せて、なかなか忘れることができない駅員時代のヒトコマであった。