第2回 五十亭「昔は桜はなかったんだよなあ……」

なにせ「桜丘」だ。
ランドマークであるインフォスタワーを“丘”の頂点に、坂道が続くこの街。そしてもうひとつの“桜”も、桜並木が続く桜通りがある。まさに地名にマッチした風景だが……

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「そうなんだけどなあ、昔は桜はなかったんだよなあ……」
そう教えてくれたのは『五十亭』の吉田豊さん。桜通りの麓から一本左、坂の中腹にある焼き鳥屋のご主人である。桜、なかったんですか?
「そう。僕がここに来たのが28年前で、そのときは桜じゃなくて柳だったんだよな。ずいぶん違うよね(笑)。桜通りが桜並木になったのはけっこう最近でね。15年前くらいのもんなんですよ」
そのころの話として柳も一本くらい残っていてもおもしろかったかもね、そう話を続けながら、目の前の炭におすすめの「串5本盛り合わせ」(850円)を並べる吉田さん。

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「まあ桜は見事だし、これが柳でもさ。坂があって、いろいろな店が並ぶこのあたりの風情はやっぱりいいよね。ウチも坂の真ん中だから入口は階段の下になるでしょ。でも窓があって外が見えるし、そこも風情を損なわないように緑を並べてね。まあ、坂の真ん中だから、お客さんの足が止まらないままウチの店を通り過ぎてやしないかってこともよく思うけどね(笑)。これが坂の上か下だったら……」
あ、これ冗談だよ、そう笑う吉田さんが桜丘にやってきたのは先にも書いた28年前。すでに料理人だった吉田さんが、今は無き東急文化会館の横にあった焼き鳥店に誘われ、そこで約2年間店長として活躍後、五十亭開店と相成る。
「それからずーっとここでやってるからね。この周りは会社もあるけれど学校とかも多いでしょう。そこで学生時代に来てくれていたお客さんが、同窓会とかで来てくれたりね。長くやっているからこそあることだし、それが嬉しいよね。もうさ、学校を卒業して弁護士先生になっていたりして、立場がずいぶん入れ替わっちゃったなあって思ったり(笑)。弁護士さんなんてよその店に行くような立場だと僕も思うけど(笑)、また来てくれるのが、ね」
嬉しそうな笑いとともに、はいこれもおすすめね、そう「地鶏のたたき」(650円)を出しながら、吉田さんは続ける。

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「もうね、こうやって出しながらいつも思っているのは、単純だけど『いいものを出す』ってことなんですよ。『おいしいものを出す』。もちろんね、お客さんといまみたいにやりとりがあって、それでまた来てくれるということもあります。でもやっぱり、まず最初に僕ができるのって、おいしいものを出すことだけなんですよね。それは始めて来たお客さんとか常連さんとかはまったく関係なくて、それでお金をいただいているわけだからね。そしておいしかったらまた来てくれる。これだけの時間ここでやれたのはやっぱりそれがいちばんなんだと思います」
じゃあまだまだその時間は続いていきますね、その言葉に「頑張っていきたいね」と返した吉田さん。

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そして最後に――
「もう28年か。僕にとって桜丘は生きてきての半分以上、いるところなんだよね。だからこそ店も頑張りつつ、街も見つめていかないとね(ニッコリ)」
坂の中腹、風情溢れる店内。うまい肴、うまい酒、そしてコワモテながら優しい微笑みを浮かべる“大将”――
それが、『五十亭』。

Q・あなたにとって桜丘とは?
「もう生まれて半分以上も過ごした、風情の街」



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【今回の桜な人々】
焼き鳥 五十亭
吉田 豊さん

〒150-0031
東京都渋谷区桜丘町15-15(マップ