アメリカを売った男

20年の長きに渡ってアメリカの機密情報をロシア圏に流し続けてきた二重スパイ。彼が売った情報の被害額は10億ドルを超え、KGBに送りこんだアメリカ側のスパイの名前も明かしたことから、50人もの同胞が命を落とすことともなった。本作は、このアメリカ史上最大のスパイが逮捕されるまでの2ヶ月間を、真実をもとに克明に描き出したクライム・サスペンスである。

二重スパイ役を演じるのは、どんな癖のある役も巧みにこなすその演技力から“カメレオン俳優”との異名をとるクリス・クーパーだ。本作のポスター、そして公式サイトのトップページにはクーパーの顔が正面からのアップで使用されているのだが、この表情だけですべてが表現されている。この二重スパイの自己顕示欲、名誉欲、プライドの高さ、満たされない青年期への敗北感、自らを認めない者たちへの憎しみ、悲しみ、苦しみ、願望が叶わぬことへの絶望感…それらすべてがこの顔に凝縮されているのである。

FBIは彼の逮捕の為にあらゆる手を尽くし、ある日、若年の捜査官を彼のもとに送りこむ。好奇心旺盛が災いしてドジばかりやらかし、まるで頼りなさそうに見えるこの青年のおかげで、映画としては見どころ満載だ。その彼が、意外や意外、見事に二重スパイを自らの思いどおりにコントロールしていくさまは圧巻だ。裏の裏のそのまた裏をかいた心理戦。その言葉の一つ一つは見事としか言いようがない。これが練りに練られた末に編み出された脚本としての台詞ではなく、実際に交わされた会話の再現だというのだから、ただただ感嘆するばかりなのだ。
極めつけは最後の台詞だ。久しぶりに見ごたえのある映画を見たという気に、心からさせてくれる。監督・脚本はビリー・レイだが、『ニュースの天才』を髣髴とさせる重く救いのないラストはいかにも彼らしく、鑑賞後何日か経っても役者の表情がなかなか脳裏から離れない。ド派手なアクションやお決まりのサクセス・ストーリーに飽き飽きした御仁には、是非ともお薦めしたい逸品なのである。

アメリカを売った男(DVD)
監督:ビリー・レイ
脚本:ビリー・レイ
出演:クリス・クーパー /ライアン・フィリップ /ローラ・リニー
ジャンル:洋画

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