2008年5月、スペインの登山家イナキ・オチョア・デ・オルツァが、アンナプルナ南壁7400mの地点で極度の高山病にかかり、命の危険にさらされた。同行のホリア・コリバサヌが携帯電話でこの窮地を伝え、その報に集まり動き出した各国の登山家たちが、命がけの救助活動のため7400mに向かってゆく……。
この作品「アンナプルナ南壁 7,400mの男たち」は、その救助に向かった人たちのインタビューという形で、救助活動を記録してゆくドキュメンタリ映画だ。
したがって、これは「山岳映画」(というジャンルがあるのかどうかはわからないけれど)ではない。危険な山でのハラハラするような登山中の様子や、高峰から観える美しい景色、苦労に満ちたキャンプでの生活などはほとんど描かれない。
もちろん、現場での緊迫した様子やヒマラヤの美しい風景、シェルパたちとの交流も映し出されてはいるが、それは単なる「記録」でしかない。この映画のほとんどを占めるのは、救出に向かった「彼/彼女ら」を、普段生活している街でインタビューしている姿であり、そこで語られる救出時の「話」で構成されている。
そして「命がけ」で救出に向かった彼らは、その様子を淡々と語る。歯医者であったり写真家であったり軍人であったり、それぞれの「本職」はさまざまだけれど、彼ら「登山家」はなんて言うのか、地上では妙に「冷静」に語る。どれだけ危険な場所であれ、仲間が窮地に陥っていて、その時に自分が動けるのであれば「行くの当たり前だよな」ってフツーに言っちゃう。
何だろうこの普通感。
実際に7,400mの危険な場所に出向いて友人を救出するというイノチガケの、常人では不可能なミッションを遂行する、にも関わらず、当たり前のように言う。言うだけじゃなくて実行する。救出に向かった人たちはほとんどみんな、静かに、冷静に、そして今書いたように「普通」に話す。その様子が淡々と映し出されて行くにしたがって、彼らの「凄さ」がじわじわと見えてくるのだ。
サッカーとか野球とかフットボールとか、いわゆるプロのスポーツ選手は、インタビューなどでは自信に満ちて、自分たちの凄さを当たり前のように語る。あるいは、いかに自分がスゴイかを大げさにアピールしたりする。もちろんプロである以上、観客やテレビの視聴者に向けてのサービスとして、そして自分を奮い立たせるための手段としてそういっているのだろうが、登山家の人たちはまったく違う。
インタビューの中で、ある一人がこういう。
「登山家にとって成功や名誉はなんの意味もない。そんなものまったく役に立たないからだ。サッカーやテニスと違い金も絡んでいない。登山の世界には、スポーツ界でいう成功は存在しない。成功や名誉のために山に登るんじゃない」と。
自分の足でただただ高いところを目指してゆく。
それもたかが9000mにも満たない高さしかないこの地球上なのに? 登って何があるのだろう? 成功や名誉のためじゃないのであれば、なぜ?
正直言えばそれは「誰にもわからない」ような気がする。
だって、登っている彼らでさえ、もごもご口ごもってハッキリとした答えが言えないんだもの。でも登っちゃうんだよね。7400mで困っている仲間を助けに行っちゃう。
かつて村松友覗さんが定義した概念に「凄玉」というのがある。すなわちプロレスで言う「悪玉」とか「善玉」という解りやすいタイプではなく、地味だけどなんか凄い、人のココロに沁みるような所作や言動をする「凄玉」。
この作品に登場するのは、そんな「凄玉」の姿を淡々ととらえた、そういうドキュメンタリなんだと思う。でもそんな「凄いコト」をしているにも関わらず、出てくる人たちはみんな、静かに、ゆっくり話すので、作品全体の印象は、それほど重々しく感じない。でも、彼らの言っている言葉のひとつひとつが、実はすごく重くて「凄い」コトなのだ。それに気がつくのが観終わってからなのがくやしい。
監督・脚本:パブロ・イラブ、ミゲルチョ・モリナ
制作総指揮:イゴール・オーツォア
出演:イナキ・オチョア・デ・オルツァ、ウーリー・ステック、ホリア・コリバサヌ、デニス・ウルブコ、アレクセイ・ボロトフ、セルゲイ・ボゴモロフ、ドン・ボウイ、ニマ・ヌル・シェルパ、ミングマ・ドルジ・シェルパ、ミフネア・ラドゥレスク、アレックス・ガヴァン、ロベルト・シムチャク、ナンシー・モリン
後援:日本山岳協会、日本山岳ガイド協会、スペイン大使館、セルバンテス文化センター東京
配給:ドマ
配給協力:スターサンズ
宣伝:メゾン
公式HP:http://7400-movie.com/
公開:9月27日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
2012年/スペイン/81分/ビスタ/英語・スペイン語・ロシア語・ネパール語/原題:Pura Vita/The Ridge/字幕:大西公子
©2012 Arena Comunicacion SL