フローズン・リバー

人間という生き物は、愚かな生き物だ。才気あふれる監督がその生き物をスクリーンに放り込み、その行動をじっとカメラに収めた結果、愚かさは一転、神聖なる輝きを放ち始める。

カナダとの国境に面する、ニューヨーク州最北部の町。白人の中年女性レイは、ふたりの子供を育てているにも関わらずクリスマス直前に夫に貯金を持ち逃げされ、途方に暮れていた。そんなギリギリの生活から脱け出すため、レイはモホーク族のライラとともに、ある犯罪に手を染めていく。それは凍った川を車で渡り、国境を越えて不法移民を密入国させるという危険な仕事だった……。

このレイという女性は、すこぶる考えなしで短絡的で注意力散漫で、現実をちゃんと見据えようとしていない。スクリーンに放り込まれた彼女は、少しばかり気をつけていれば避けられるトラブルを、深層意識で自ら好んで引き寄せているようにも思える。彼女の判断は表面意識のそのごく浅い部分でなされ、それは判断というよりもただの反応のように軽いものだ。しかも彼女の性格は決して明るくはなく、その生活環境はその心をますます暗いものにしている。四六時中悩みでいっぱいの彼女はなおさら、様々な局面での的確な判断などはできず、それがゆえに自らを益々の窮地に追いやっていく。まさに不幸を体現しているような女性だ。

その彼女がラストの重大な局面で、初めて“考えて”ある決断をする。それは頭で考えたというよりは、彼女がその心の奥底に人間たる所以を見出し、その導きに従って辿りついた結論なのだ。泥沼から咲く蓮の花のように、彼女のその行動は神々しい輝きを放つ。たとえ彼女の風貌が年老いた山羊のようであっても、そしてその決断によって彼女の経歴に消えない傷を残そうとも、それを凌駕するほどの輝きを、愛を、彼女は他者に分け与えたのだ。

クエンティン・タランティーノをして「今年(※米国での公開は08年)観た中で、最高にエキサイティングで息をのむほど素晴らしい」とまで言わしめ、世界中の映画祭で数々の賞を獲得した本作。苦みばしる原酒をストレートで味わうように、じっくりと腰をすえて観賞したい、ずっしりと重みのある逸品だ。

フローズン・リバー(DVD)
監督:コートニー・ハント
脚本:コートニー・ハント
出演:メリッサ・レオ /ミスティ・アップハム /チャーリー・マクダーモット
配給:アステア(提供も)
ジャンル:洋画
公式サイト:http://www.astaire.co.jp/frozenriver/