うつせみ




・韓流こういうのもアリ、なのだ

ハンカチが1枚では足りない滂沱必須のメロドラマ、ではない。国や兄弟のために戦うハードなアクション、でもない。可愛い彼女の騒動に巻き込まれるラブコメディ、でもない。俗に言う「韓流」の映画の中にあって、涙もアクションも笑いも無い。「うつせみ」という映画はしかし、観終わった後に、透明で清々しい空気のような「何か」を感じさせてくれる。




主人公のテソクは留守中の家に忍び込み、家人のように洗濯したりテレビを観たりして過ごし、家の人が帰ってくる前に去ってゆく、ということを繰り返して生活している不思議な青年だ。そんな彼がある日忍び込んだ家で、夫に虐げられて暮らしている若妻、ソナに見つかり逃げ出してしまう。しかし彼はその家に再び戻り、虐げられているソナを強引に連れ出し、今度は二人で留守中の家に忍び込んでは暮らすと言う生活を始めた・・・・。

映画は前半、留守中の家に忍び込んで、自分の家のように過ごすテソクの姿を淡々と描く。冷蔵庫を開け料理をし、テレビを観て洗濯をし、時計が壊れていたら修理をする・・・。そして連れ出したソナというパートナーを得ても変わらず、今度は二人で淡々と留守宅に忍び込んで家人のように暮らしてゆく。

彼らが忍びこむのは、サラリーマン、金持ちのボクサー、おしゃれなカメラマン、伝統としきたりを守る大きな旧家など、わざとらしいほどステレオタイプな「ちょっと裕福な人」の家ばかり。後半、忍び込んだ家で老人が死んでいるのを発見し、それが元で二人は警察に捕まってしまう。そこから映画は様相を静かに変えてゆく。ソナはわがままで乱暴な夫に引き取られ、テソクは刑務所に送られる。淡々と過ごした日常が引き裂かれ離れ離れになった二人は、その後・・・・。




この映画の特徴は、二人の主人公の「台詞がない」ことだろう。(厳密に言えば、ひと言だけ「台詞」があるが)街の音、生活音、周りで生きている人々などの「音」は常に発生しているが、カメラの中心にいる主人公の二人は全く言葉を発しない。というより、発する必要が無いのだ。すなわち映像で、行動で、その心象が緩やかに表現されてゆくからだ。
主人公の青年テソクを演じるのは、80年生まれの若い俳優ジェヒ君。デビューまもなく出演したこの「うつせみ」では、台詞ではなくカラダや表情で観せるテソク役を巧くこなしている。また、若妻ソナ役のイ・スンヨンの可愛さと儚さもなかなかの出来。この主演二人のしなやかな動きが、映画の透明感を際立たせていると言えるだろう。

監督のキム・ギドクは「魚と寝る女」で注目を浴びた、インディーズ出身の監督で、ヨーロッパで高い評価を得ている。少々マニアックなニーズに応える、韓国映画界の中ではちょっと異端派ともいえる存在だ。ちなみに、この「うつせみ」は、2004年の第61回ヴェネチア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞作品である。

さて、映画の中で、主人公の二人は倫理的にも物理的にも現代社会から外れた、異端のものとして描かれる。彼らは他の一般の人と同じ場所で生きているワケだが、一般の人たちは、そんな異端のものを「見ようとしない」、あるいは「見て見ぬふり」をする。だから彼らの姿は「見えない」のだろう。

世間と関わりながらもなお、自分たちのやり方を変えずに生きてゆく二人の主人公は、だから映画が進むにつれて、まるで空気のように透明に澄んでゆき、そして美しいラストシーンが静かに映し出される。

ちょっと変わった、オトナのためのファンタジックなラブストーリー。「うつせみ」はそんな感じの映画である。韓国映画といっても、こういうのもアリなのだ。ロードショー公開されてはいないが、全国各地の小劇場やシネマコンプレックスなどで細々と上映され続けているので、興味のある方は「うつせみ」というタイトルを覚えておくとイイだろう。DVD化は現時点で未定のようだ。

うつせみ(DVD)
監督:キム・ギドク
脚本:キム・ギドク
出演:イ・スンヨン/ジェヒ
配給:ハピネットピクチャーズ
ジャンル:韓流