富士山頂

表題から想像してかかると肩すかしを食らう。富士登山の話ではない。富士山頂に「測候レーダードーム」を建設するという難事業の成るまで。実際に昭和39年に竣工された実話を元に、その上著者が当事者でもあったという臨場感がスゴイ。
5合目で泊まって登頂した経験者なら、厳冬の冨士がどんなだか、多少の想像はつくかもしれない。しかし、例えば台風の勢力圏に入った時、富士山頂ではどんな現象が起きるか。これはおよそ想像力のはるか彼方だろう。確かにこれは「山岳小説」には違いない。

1年のうち工期として数えられるのは数ヶ月。資材運搬手段や工法など「現場」を支えた人々が命がけで知恵と体力の限りをつくした闘いの様、関わった人々の人間模様に驚嘆する。

さらにもう一つ、全く違うジャンルの趣が加わる。国の威信をかけた事業でもあったわけで、そうなると「お役所話」がつきもの。中央と地方自治にまたがり、電波管理と気象観測で関係省庁をまたぎだから、お決まりのやっやこしい面倒な折衝だの、根回しだの。そのあたり政治・経済小説の様相も見せる。
著者にして初めて成った作であることは間違いない。

気象衛星「ひまわり」が格段に正確な測候を可能にした今、レーダードームはふもとに移築され、資料館として安穏に立っているのだとか。
富士山に登ってみたくなる。


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作者名:新田 次郎
ジャンル:山岳?小説
出版:文春文庫

富士山頂(文春文庫)