永遠の仔

恐ろしく分厚い上下巻、しかも中は細かい字の2段組が読み始めると止まらない。

老人病棟のナース、弁護士、刑事、登場人物の周辺を描くことで、つまり社会の様々な様相を巧みに広げてみせる。軸のストリー展開と回想の織り交ぜも精巧に組み立てられていて、互いが互いの必然性とリアリティーを一層説得力のあるものに構築していく。

なにせ作品の大半を占める回想シーンの舞台設定が小児精神科病棟。
しかも驚くべき緻密さで以ってショッキングな描写がひきもきらず綿密に綴られるから、間もなくは幾分の薬臭さ、きな臭さを感じて、であるがゆえに興味をそそられて、フラッグを立てたりしながら、ゆっくり読み進めるも、そのうち下手な推理も理屈も、何もかも忘れて没入してしまう。

あまりにもの痛々しさに、けなげな存在に息もつけないほど心が捉えられる。

「共感」などという言葉が軽く思えるほど、すっかり心がストーリー展開に捉えられると、つき動かされて固く閉ざされていたはずの開かずの間の鍵が勝手に外れ、普段なだめすかされ眠っていた何かが目を醒ます。思わず中から漏れ聞こえる声に耳を傾ける。

誰の心にも隠れ棲み続けるそれが、指をくわえて鼻水を垂らして泣き始める。
現実には読み進める「作業」をしながら、気がつけば、幾度も立ち現れる「ハナタレ」と一緒に泣き声を上げている。
そして読み終わって誰もが手に入れる。
「生きていてもいいんだよ・・・」

いずれ必ず隠し持っている「闇」は否応なく照らされ、露になった傷口は再び開いてしまう。しかし、見もしないでまた包帯することは二度とできない。どんな傷か目を覆わずよくよく、じろじろ観て、膿んでれば膿みを出し、縫合が必要ならそうする。

適切な手当てをすれば、ほとんど治癒不能に思える傷も、必ず癒える。
困難を極めるも、回復を求める道は必ずあり、むしろ回復そのものではなく、途上につくことが救いなのだと気づかされる。サバイバーの存在を確信する。

一筋の光を仰ぎながら読み終えることの、ささやかな幸福感を確実に得られる。


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作者名:天童 荒太
ジャンル:小説
出版:幻冬舎

永遠の仔(上)
永遠の仔(下)