表題の「プラナリア」他5作を納めた中編集。
全く別の5作品が、まるでオムニバス仕立ての一つの作品のように感じられる。
各作品に書き分けられた5人の女たちは、実は現実の女の多面性を言い当てているからなのだろうか。
「女はわからん」とは男がよく言うセリフだが、まことに相反する要素を同時に持ち合わせる「女性性」は常に理論武装の固いヨロイを脱がない男には理解の他かもしれない。
精神性とプラグマチズム、自立と依存、寛容と狭窄。
カキ氷ときつねうどんを同時にいただいちゃうんだから、恐れ入るでしょう。
つまり欲張りな贅沢もんというわけだ。
それを指して「業が深い」という。
業が深いから悲しくもある。寂しいし、苦しい。
煮え繰り返りながら「にっこり」笑ったりが習い性なったかにみえて、突然パンクする。
プラナリアになりたくなり、友人の子を抱きしめて号泣したりする。
最も手を携えるべき「男」とは知っていながら、対岸の存在が川を渡ることなどないということも熟知している。
でいて、「ないものねだり」も「ちゃんと」できる、それが女の凄みとあいらしさだと納得させられる、5作を編んで大正解の一冊である。
男性からの異論反論を期待している。
「プラナリア」が124回直木賞受賞作であることは周知のとおり
作者名:山本 文緒
ジャンル:小説
出版:文芸春秋