アメリカン・スナイパー

20150219cpicm.jpg米軍史上最多の160人を射殺したスナイパー。だが同時に彼は、家族の一員としての夫であり、父親でもあった――。実在の敏腕狙撃手のベストセラー自伝をもとに、ブラッドリー・クーパーを主演に采配。2008年公開の『グラン・トリノ』を超えてクリント・イーストウッド監督史上最高のヒットとなった本作。イラク戦争がひとりの男とその家族に落とした“影”を淡々と綴る戦争映画だ。

テキサス州に生まれ育ったクリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)。幼少の頃から狩猟に親しんだ彼の将来の夢は、カウボーイか軍人だった。9.11のニュースに衝撃を受けたカイルは、祖国を守るために軍に志願する。結婚したばかりの妻をひとり残し、念願の戦地へと赴いた彼。だが、何よりも夫の安全を願う妻と、その妻をも含めたアメリカ国民を守るためには、どんな危険をも厭わないクリスだったが……。

20150219cpic_a.jpg本作が本国アメリカで大ヒットを記録した理由はよくわかる。実際、アメリカにはイラク戦争によって精神を病んでしまった帰還兵が数多く存在する。クリスほど腕が立ち、戦場でもジョークを放ち、社交性に富むできた男であっても、「人を殺す必要に迫られ」そして「いつ人に殺されるかわからない」状況に晒されれば、簡単に人格が破綻させられてしまうからだ。クリスは帰国後もこの戦争から離れることはできなかった。その面から見るなら彼は悲劇の男だ。そうしたイラク戦争の後遺症に悩まされる人々が身近にいるからこそ、本作は多くのアメリカ人にとって他人事ではなく、大いに共感を得る作品となっているのだ。――逆を言えば、日本人が本作を見てもそこまで本作に思い入れることはできないのではないだろうか。

戦闘シーンの派手さもさほどなく、ストーリーとしても特段の起伏に富んでいるわけではない。ただただ、戦場という現場で仲間を見捨てることのできない男の優しさと、その同じ優しさが、同様に家族を蔑ろにすることもできないというジレンマが、スクリーン上を行ったり来たりする。「仕事と私と、どっちが大事なの?」と詰め寄る女性は世に数多く存在するが、クリスの妻もよくいるそのひとりだ。女の目は現在ただ今を見つめ、男の目は将来を見据えている。どちらも捨てがたい大切なことなのだ(とはいえ私は、「あんまり男の仕事を邪魔するんじゃないよ……」と心の中で思わず呟いてしまったが)。

イラク戦争の大義名分を問うたり、あからさまに「アメリカ様は正義なんだぜ」と主張したりするシーンはない。逆に、クリス自身が上司に発する揺るぎない信念の言葉が狂気を含むものだったり、戦地に赴いたクリスの弟が吐き捨てた言葉だったり――そうしたさりげない台詞に、イーストウッドの戦争批判が込められている。本作はあからさまなプロパガンダ映画ではなく、単純なお涙ちょうだい映画でもなく、丹念に行間を読むことで静かな感動が得られる作品なのだ。

原作:「ネイビー・シールズ 最強の狙撃手」クリス・カイル、スコット・マクイーウェン、ジム・デフェリス著(原書房刊)
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ジェイソン・ホール
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラージェイク・マクドーマン、ルーク・グライムス、ナヴィド・ネガーバン、キーア・オドネル
配給:ワーナー・ブラザース映画
公開: 2015年2月21日(土)、丸の内ピカデリー・新宿ピカデリー他全国ロードショー
公式サイト:www.americansniper.jp 

 

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