平凡な共働き主婦が、欲に抗いきれず多額の横領に手を染め、堕ちていく……。角田光代のベストセラー小説『紙の月』を原作に、少しの綻びから徐々に破滅に突き進んでいく主人公を、今や日本の女優の顔となった宮沢りえが演じる。
1994年、バブル崩壊直後。銀行の契約社員として外回りで働く梨花(宮沢りえ)は、夫と二人暮らしの主婦でもある。子供のいない家庭だったが、夫は海外出張もこなしてそれなりの収入がある会社員。外見上は何不自由なく幸せな夫婦生活を営んでいるかに見えた二人。だがある日、梨花は客先で年下の大学生、光太(池松壮亮)と出会い、逢瀬を重ねていく……。
この映画は、凄い。そのうちハリウッドでリメイクされるんじゃなかろうかと思うほど、凄い。昔よりも年を重ねた宮沢りえだが、だからこそ、若いころには表現できなかった「負」の部分を洗いざらい魅せてくれる。元々の美貌という骨組に暗さや憂いを肉付けし、いくら外見が良くても手に入れることのできないもの、「ホンモノ」に届かない哀れさを、梨花という張りぼて人形で表現しきっている。もっとも吉田監督は、まばたきの回数を指定したり、顔を動かすタイミングを「コンマ3秒遅く」などと指示したりするという、役者にとっては鬼そのもの。その監督の鬼要求に応えられる宮沢りえという女優は、プロそのもの、否、それ以上の存在ではないだろうか。
光太を演じた池松もまた、スゴイ。あたかも舞台で演じているように現実感が乏しい芝居をするわけでもなく、まるでそのへんにいる大学生のように、演技がとても自然だ。このナチュラルさがあるからこそ、一見非現実的な「多額の横領」という捻じれた世界さえ、本当の出来事のように、現実のように、スクリーン上に滑らかに展開していく。
本作では、原作の友人関係を描かず、映画オリジナルのキャラを登場させている。お調子者で世渡り上手の銀行員として元AKB48の大島優子、銀行の年増お局役として小林聡美。この二人の陽と陰の対比が素晴らしく、特に小林が宮沢を追い詰めていく様は圧巻。日本映画の新たな神髄を見るようだ。
最初は善意から始まった、(梨花の中では)神さまから許されるはずの必要悪。だがその思考回路には決定的なものが欠如している。ラストでのあのシーンは、「人間の芯はそんなに簡単に変わるもんじゃない」という残念な真実を、さらに残酷に補強する。人の話に耳を傾けない梨花、反省しない梨花。結果、自分を支えてくれた人を傷つけ、前途ある若者の人間性を駄目にした梨花。その「痛い」姿に、あなたは何を思うだろうか。
原作:「紙の月」(角田光代・角川春樹事務所刊/第25回柴田錬三郎賞受賞)
監督:吉田大八(『桐島、部活やめるってよ』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』)
脚本:早船歌江子
出演:宮沢りえ、池松壮亮、大島優子、田辺誠一、近藤芳正、石橋蓮司、小林聡美
配給:松竹
公開:2014年11月15日(土)全国ロードショー
公式サイト:http://kaminotsuki.jp
©2014「紙の月」製作委員会