その夜の侍

20121114cpicm.jpg妻をひき逃げされた男。そして自身の死をカウントダウンした脅迫状が届く、ひき逃げした男。凡人たちの何気ない日常に潜む、狂気を炙り出した本作。パーフェクトな完成度のシナリオのもとに、堺雅人、山田孝之をはじめ豪華俳優陣が集った快作だ。

20121114cpic1.jpg小さな鉄工所を営む中村(堺雅人)は、五年前、最愛の妻をひき逃げされた。トラウマから抜け出せない彼は、毎日毎日亡き妻の留守電を繰り返し聞き、未来へ踏み出そうとしない。一方、ひき逃げ犯の木島は自分が起こした事故を反省するでもなく、傍若無人な暮らしを続けていた。そんな折、木島のもとに脅迫状が届き始める。「お前を殺して俺も死ぬ。決行まで後○日」。その決行日とは、中村の妻の命日だった……。

本作は元々、監督が主宰する劇団による舞台作だ。「赤堀ワールド」と称されるその独特な世界観は、他に類を見ない質感とクオリティにより業界内外からも圧倒的な支持を得る。映画化にあたって練り直された脚本は、富裕層ではない大多数の労働者の日常を、そして彼らの狂気を、丹念に丹念に描き出す。我々が普段口にするようにチェーン店やコンビニの固有名詞を随所に散りばめ、特に趣味を持たず、自分を高めるなどという高尚な生き方はせず、日々の飲食や買い物をし、カラオケを歌ってサウナに行くことが遊行のメインである市井の人々が持つ孤独を、寂しさを、悲しさを、愚かさを、そして涙を描き出す。

イキがることでしか他人とコミュニケーションを取れない木島の怯えと、表面上は穏やかに暮らしている中村の怒り。混じり合うはずのない水と油が、あの事件をきっかけに互いの距離を縮める。そしてその距離がゼロとなるその時、それがこのクライマックスだ。もしかしたら、ここに納得しない人は多くいるかも知れない。特に、日ごろからメジャー系映画で「美しいオチ」に慣れている人々にとっては、とてもじゃないがカタルシスを得られるものではないだろう。だが、これが現実なのだ。本作で示されるこの結末こそが、我々大多数の一般人にとっての「普通」なのだ。

ここに希望を見るか、それとも絶望と捉えるか。感情に任せるなら、「絶望」だ。だが、あの激しい山場のあと、きっとそれぞれの魂は浄化への道のりを辿るだろう。だからこそ私は感情を理性で抑え、「希望」をこそ取りたい。



監督・脚本:赤堀雅秋
出演:堺雅人/山田孝之/新井浩文/田口トモロヲ/綾野剛/谷村美月/坂井真紀/安藤サクラ/高橋努/山田キヌヲ
配給:ファントム・フィルム
公開:11/17(土)より全国ロードショー
公式HP:http://sonoyorunosamurai.com/
 

©2012「その夜の侍」製作委員会