イラクの独裁者サダム・フセインの息子、ウダイ・フセイン。家族の命と引き換えにウダイの影武者を引き受けた男の実話を、『マンマ・ミーア! 』のドミニク・クーパーが1人2役で怪演した本作。目を覆わずにはいられない狂気が、スクリーンを支配する。
イラク軍中尉であり、戦争後は父の事業を継承することを約束されていたラティフ・ヤヒア(ドミニク・クーパー)。ある日、顔が似ているという理由でウダイ・フセイン(ドミニク・クーパー)の影武者となることを打診されたラティフだが、断れば家族の命はないと脅された彼に選択の余地はなかった。サダムにして「生まれたときに殺せば良かった」といわしめる、ウダイの常軌を逸した言動の数々。それらを真似し完璧にこなすラティフだったが、まともな神経の持ち主であるラティフにとって、それは苦痛という表現では足りないほどの日々だった……。
同じ両親から生まれても弟の言動はかなりマトモなのだから、ウダイは先天的に脳みそのネジがどこかぶっ飛んでいるのだろう。もしも医者に診断を下されるならサイコパスやらソシオパスの部類に入るのだろうが、サダムという強大な親の庇護のもとでぬくぬくと育っているから、法で厳しく罰せられることもない。
犯罪者にとっては天国のようなその環境のなか、真っ当な精神で正義感も兼ね備えた人格者であるラティフが耐えられるはずもなく、その対比をドミニク・クーパーが文字通り“見事に”演じ分ける。役者としては相当の難関であるこの役をここまで演じきった彼の演技力は「素晴らしい」の一言に尽きる。
ただ、残念なのは全編に渡って登場人物が英語で喋っていること。中東寄りのアクセントが付けられているので一瞬「イラクの公用語って英語だっけ?」と錯覚しかけたが、そんなわけはない。英語圏での公開だから英語で演じるという着地点は商業的に仕方ないとしても、雰囲気を出すために全員を中東寄りアクセントで喋らせるのならまだ理解できるが、悪キャラのウダイは中東寄りアクセント、善キャラのラティフは綺麗なアメリカ英語というわかりやすい割り振りに何かの意図が見え隠れする。
ワルモノをアメリカンヒーローがやっつけました的な構図を観客の無意識に植え付けようとでもしているかのようだ。これがもしすべてアラビア語で演じられたのなら、ドミニクの評価は今の何倍にも跳ね上がっただろうが、それには相当長期間の訓練が必要だろうから、やはりそれも商業的には却下だろう。とは言え、その点を差し引いてもドミニクの演技は鬼気迫るものがあり、素晴らしいことに変わりはない。
ラスト、結果的にラティフを救ったのはその人格のなせる技だった。実話でありながら、伏線とその回収という、映画として押さえる点をちゃんと押さえているのも秀逸な本作。今の日本政府のダメさ加減を嘆く出来事も多い昨今だが、民主主義国家に生まれたことのありがたみを再認識させられる作品でもある。
原作:ラティフ・ヤヒア
監督:リー・タマホリ
脚本:マイケル・トーマス
出演:ドミニク・クーパー/リュディヴィーヌ・サニエ/ラード・ラウィ/フィリップ・クァスト
公開:2012年1月13日(金)、TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国ロードショー
公式HP:http://devilsdouble.gaga.ne.jp
©Filmfinance VI 2011-All Rights Reserved