八月からの手紙

日本シリーズ出場を懸けて、10月に入っても熱戦が続く日本プロ野球。日本野球機構(NPB)が統括する、セントラル・リーグ(セ・リーグ)とパシフィック・リーグ(パ・リーグ)の各6球団によって運営されているプロリーグ……などという解説は不要かと思うが、これがもし、現在のNPBが統括するのとはまた別の、そして現在日本各地で運営されている“独立リーグ”でもないプロ野球組織が現存していたとしたら、どうだろう。
そのプロ野球組織とは「国民野球連盟」。現在のNPBである「日本野球連盟」とはまた別の、1947年に設立されたプロ野球組織である。そして本作はその設立前夜が舞台のひとつとなる。

戦前、職業野球(プロ野球)で活躍した投手・矢尾健太郎。肩の故障から一年で現役を退いた後、日系二世だった矢尾はアメリカに戻る。そして戦局の悪化と終戦を経て、野球選手だった当時に世話になった藤倉東吾に招かれて東京にやってきた。戦後まもなくにも関わらず、大観衆を集めるプロ野球を観戦後、矢尾は驚くべき相談を受ける。
日本に新しいプロ野球リーグを作る。ひいては私(藤倉)のチームの監督になってほしい――

ここからストーリーは展開していくのだが、この物語は戦後の日本に希望の光を灯した新しいプロ野球リーグの設立と、「現存していたら」と記したように、消滅していった“光と影”が主軸ではない。日系二世という立場の矢尾が終戦直後の東京、そして日本でどう受け止められるかという不安。そして帰国した戦前のアメリカでは、悪化する戦局に「アメリカ国籍の日系二世」として弾圧される姿。また、矢尾と並んで重要な登場人物であるアメリカの黒人リーグの選手、ジョン・ギブソン。大リーグには白人選手しかいなかった当時、彼の辿る道程の暗さ……。
全編通して矢尾を“救う”ことになる「野球」を媒介に、「日系二世の矢尾」、「黒人選手のギブソン」、かの大戦の時代に彼らが抱えた苦悩、むしろこちらがメインテーマと言える。「設立前夜が舞台のひとつ」と記したのはそのためである。

シーンは矢野が監督就任を受けるか否かの戦後の東京からはじまり、戦前のアメリカ、戦中のアメリカ、そして戦後の東京→アメリカへと移り変わる。そこでの急激な時代の変化が矢尾、ギブソンをはじめとする黒人選手、そして新プロ野球リーグ創設を目指す藤倉らをどう翻弄していくのか。ストレートな“日本と第二次世界大戦もの”ではなく、日系二世と戦前戦中時代の黒人が中心だけに、「戦争反対、差別反対」というフレーズをはるかに超えたリアリティがここにはある。

ところで、この物語は史実をベースとしたフィクションである。
日本野球連盟とは別のプロ野球組織「国民野球連盟」が設立、通称・国民リーグが開催されたのは歴史の事実だが、作中では「日本リーグ」であり、なにより矢尾健太郎という投手や主要な登場人物は歴史上登場しない。ただ、その新リーグ設立過程をベースにした物語なのは間違いなく、また、作中に登場する人物、たとえばタイロン・ペイジという投手は、歴史上最高の投手とまで言われた黒人リーグ出身の大リーガー「サチェル・ペイジ」をおそらくモデルとしており、その他にも「巨人の川上」など実在の人物と思しき名前が登場する(フルネームでは一切登場しないので、川上哲治氏かどうかは定かではない)。

さらに「あとがき」では登場人物やリーグのその後の顛末まで記されている。ご多分に漏れず筆者はこの原稿を書くまで実話だと思い込んでいたほどで、この点も読み応えをプラスしているのは間違いない。

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作者名:堂場 瞬一
ジャンル:戦時小説
出版:講談社

八月からの手紙