エスター

秋はサスペンスやホラーがよく似合う季節だ。夏ほど子供っぽく、お化け屋敷じみていなく、かといって冬のように聖なる雰囲気というほどでもなく、春のように新たな希望があるというわけでもない。読書の秋ともいうように、心地よい気候に思索もよく進む。だからこそ、顛末を考えに考えに考え抜いた製作者の意図を暴こうと、鑑賞を始めた冒頭から頭の中で製作者とのバトルを繰り返す。だが、こんな専門家でしか想像もつかない結末を提示されたら、鑑賞者としてはカウンターパンチを食らってリングの上に倒れこむしかないのである。

9歳の美しい少女、エスター。絵と歌が上手で、天使のようにあどけない笑顔が魅力的な少女は、人形のようにフリルたっぷりの服装を好み、首と手首のリボンは絶対に外さない。ロシアで生まれ、孤児になった少女は、赤ん坊を死産して悲嘆に暮れる夫婦の養子となる。それぞれの傷口を癒すように幸せな家庭となるはずだったが、エスターの周囲で次々と悲惨な事件が巻き起こる……。
悪がその姿を露呈し始めるとき、厄介なのは深く物事を考えようともしないニセ平和主義者の存在だ。この人種は安直な平和を好むばかりに、ときには悪とも仲良くしたがる。面倒なことに巻き込まれたくないという単なる怠惰の要素もあるが、「清濁併せ呑む」という態度を見せることにより、あたかも自分が人格者のように思え、自己満足も得られるし他人からも尊敬される(と勘違いする)。だがこれは、「ガン細胞だって幸せになりたいんだよ。だからガンを治療なんかしちゃ駄目だ」としてガンを体の中で増殖させ、やがては死に至ってしまうようなものだ。悪の芽は小さいうちに摘むのがいい。大木のようになってからでは、それを切り倒すのに大変な労力がかかってしまうのだから。……しかし、何をもって悪を悪と認識するか。明らかな犯罪ではない限り、その判断こそが難しいことではあるのだが。
正直なところを告白すると、実はエスターを少し羨ましく思ってしまった自分がいる。だって、ねぇ。それって古の昔から人類が望んで止まないことだったじゃん?

あのレオ様も製作者として絶賛の本作。よくある“衝撃”に物足りなくなってしまったなら、本物の“衝撃”を受けに、ぜひとも劇場に足を運んでいただきたい。

エスター(DVD)
原作:ジョエル・シルバー/スーザン・ダウニー/ジェニファー・デイビソン・キローラン/レオナルド・ディカプリオ(製作)
監督:ジャウム・コレット=セラ
脚本:デイビッド・レスリー・ジョンソン
出演:ベラ・ファーミガ /ピーター・サースガード /イザベル・ファーマン/CCH・パウンダー
配給:ワーナー・ブラザース映画
ジャンル:洋画
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/orphan/

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