パフューム -ある人殺しの物語-

衝撃にも何種類かある。アクションもののように、画像の中の人やモノのアクティブな動き自体が衝撃的なもの。スプラッタのように、生理的嫌悪感が衝撃を与えるもの。そして本作はといえば、ストーリーそのものが観客に衝撃を与える稀有な作品なのだ。
舞台は18世紀のパリ。悪臭が立ちこめる魚市場で産み落とされた主人公には、驚異的な嗅覚が備わっていた。青年に成長したある日、主人公は人生を変える香りに出会う。「どんな読書家でも過去にこんな物語を読んだことはないだろう」との触れ込みで発売された原作本は、世界45カ国、累計1500万部にも及ぶ最大級の売上を記録。スピルバーグ、スコセッシが奪い合ったほどの禁断のベストセラーは、哲学、犯罪学などにも大きな影響を与えるに至った。

殺人モノであるのに、いわゆるグロで残虐なスプラッタシーンは一切ない。その死はいずれも美しいのだ。なぜなら、主人公に“殺意”はないからだ。彼は人を殺すことが目的なのではなく、究極の芸術作品を完成させるための材料集めをしているだけにすぎない。花畑に咲く花を手折るように、風に遊ぶ蝶を集めるように、少女たちを収集するのだ。そこに悪意はないが、かといって善行では決してない。その“善の不在”が、猟奇性を一切排除した狂気を醸し出していくのだ。完成された芸術品には常軌を逸した力が宿り、理性ある人間なら想像もできないような結末を導いていく。主人公が集める香りの素の数=13が示すとおり、あってはならない勝利が世界を支配していくのだ。

主人公を演じるのは、ベン・ウィショー。映画界では新人の彼だが、数多くの舞台経験で培った実力でこの難役を見事にこなしている。
社会性が乏しく、異常性を秘めた役どころは無口で台詞も少ないのだが、その表情だけで心の奥に潜んだ感情の動きを表すさまは圧巻だ。

薄汚い主人公が作りあげる、世にも美しい香り。
人々を惹きつけてやまないその香りの原料は、誰もが忌み嫌う“死”から生まれたもの。死を扱っているから衝撃的なのではない。良心や理性が麻痺し、善も悪もないまぜになったカオスから生まれる、モラルに反した結末こそが衝撃的なのだ。

パフューム ある人殺しの物語(Blu-ray)
監督:トム・ティクヴァ
脚本:トム・ティクヴァ
出演:ベン・ウィショー/ダスティン・ホフマン/アラン・リックマン
ジャンル:邦画

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