銀嶺の人

紛れもない「山女」の話である。岩壁を自在に駆け、銀嶺にスクッと立つ美しい雌カモシカ。あまりにもの清清しさに雄カモシカでさえ、その角を下ろす。

クライミング史上に足跡を記した実在の人物がモデルと聞けば、なおのこと畏敬の念を抱く。
腕力、体力、精神力。その全てがクライミングにおいては超えがたい性差となる。
その克服せんとする過程が実に興味深い。生半可な鍛錬ではないと思い知れば、「自分もやってみようかな?」感は素直に首をすくめる。いや、残念ながら。

実在の人物がモデルではあるが、著者の確かな手法で積み上げられた「小説」であることも忘れてはならない。山男の「恋」のありようは言い当てて外れてはいないだろうが、山女のそれは、ほんとにそうなのか?

銀嶺にキリッと立つ雌カモシカも「恋」すれば、たちどころに魔法が解けて人間の姿に戻るかのような…。
そこんとこ納得できんぞ!

男も女も互いに勝手な幻想を抱けばこそ、人生には美しい「錯覚」も生まれ得る。
まあ、おおもとのDNAってのは山の上も地上も変わりない、ということなのかもね。
ふー。


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作者名:新田 次郎
ジャンル:山岳小説
出版:新潮文庫

銀嶺の人(上)
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