フィンランドの首都、ヘルシンキは、バルト海に面する海の街だ。地図を見ると街が海へ突き出した恰好になっていて、ヘルシンキの中心街が湾に築きあげられていることが分かる。だから、橋は川の両岸を渡すというよりは、海に突き出した湾を結ぶ役目を担っている。
中心街に近いピトゥカシルタ橋(フィンランド語でPitkäsilta 「長い橋」という意味)は、カッリオ(Kallio)地区から右手に進むとカイサニエミ(Kaisaniemi)地区、左手に進むとクルーヌンハカ(Kruununhaka)地区にいたる。この橋は、ヘルシンキの労働者階級と資産家階級とを分ける象徴的な存在でもあった。カッリオは労働者階級の人々が暮らす地区、カイサニエミとクルーヌンハカは資産家階級の人々が居をかまえる地区だったのだ。
「階級」と言われてもピンとこないのだけれど、実際に橋をまたぐ二つの地区を歩いてみると、なるほどと思う。クルーヌンハカ地区には、200年も前に建てられたクラシックな建築が立ち並ぶ。高級アパートの一階には、宣伝広告を控えめにした高級レストランやアンティークショップがひっそりと居をかまえている「隠れ家」的エリア。近くに省庁オフィスや市庁ビルがあるため、昼食時にはビジネスランチ客で込み合うが、夜にはしっとりと静かにグラスを傾ける人々が集う。
一方、反対側からカッリオ地区に向かって橋を渡ると、とたんに庶民的な雰囲気になる。橋を渡ってすぐには、市民の台所とも言われるハカニエミ市場があり、目抜き通りのハメーンティエには、アジア系やアフリカ系のエキゾチックな店が立ち並ぶ。混沌としたカッリオは、少し前まではちょっと「がらの悪い」地区というのがもっぱらの評判だったが、最近ではアーティストなど前衛的な人々が集まるアンダーグラウンド的雰囲気に様変わりした。チェーン店とは一線を画すユニークなカフェやオーガニックレストランが並ぶ一方、昔からのキリスト教団体による救世軍オフィスの前には、アルコール中毒のおじさんやおばさんたちが配給の食事を待つ列を作る。
夏になると、ピトゥカシルタ橋のたもとでは船型カフェが店を開き、海を眺めながらのんびりビールを飲む人達が集う。労働者階級と資産家階級との闘い、フィンランド内戦時の傷跡がそのまま残された橋は、ヘルシンキの歴史を静かに刻み込んでいる。