これまで短編映画で数々の賞を受賞してきた門馬直人監督による渾身の長編デビュー作。オリジナリティ溢れる多様なキャラクター、全員が絶望へと向かっていくストーリー、グランドホテル形式で展開されるこの群像劇の結末には、想像を超えるクライマックスが待っている。エンドロールを迎えたときに押し迫る感情は、希望か?絶望か?
主演・市原隼人のほか、壮絶な人生の山場を迎える 10人には、近藤芳正、清水美沙、大沢ひかる、前田公輝、水田芙美子、栗原英雄、大谷幸広、玄理、李麗仙ら、個性豊かな俳優たちが集まった。
今回は、その映画『ホテルコパン』について、メガホンをとった門馬直人監督に話を聞いた。
■ストーリー
東京で教師をしていた海人祐介(市原隼人)は2年前から、長野県白馬村にあるホテルコパンで働いていた。1998年の長野オリンピックで賑わった白馬村も、今では、かつての賑わいが嘘のように閑散としている。オーナーの桜木(近藤芳正)は、オリンピックの時のような活気を取り戻そうと躍起になるのだが、そう簡単に客は集まらない。もう一人の従業員のユリ(玄理)は、そんな桜木を尻目に無愛想に淡々と働いていた。
ある日、スーパーでの「生産者の顔が見える野菜」の販売にヒントを得て、ホームページをリニューアルする桜木。すると偶然にも数組の宿泊客が訪れることになり、久々の盛況ぶりに喜ぶ桜井だったが、やってきたひとりの女性客の顔を見て、海人は顔をこわばらせ過呼吸に陥る。
その女性・千里(清水美沙)は中学校教師時代に担任した生徒・守(狩野見恭兵)の母親だった。守は中学校でいじめを受けていて海人はいじめから救おうと努力したのだが、努力も虚しく守は自殺をしてしまったのだった。ショックと自責の念にかられた海人は逃げるように東京を離れ、ホテルコパンに身を寄せ、人とのつきあいを避けるように働いてきた。母親の執念というべきか、逃げ出した海人をホームページのリニューアルによってようやく海人を発見しやってきたのだった。千里は滞在中、息子のいじめを知らされなかったこと、そして解決しないまま逃げ出したことについて陰湿に責め立てる。海人は突如、苦悩の日々に引きずり戻されるのだった。
一方、他の滞在客もそれぞれ問題を抱えていた。カップルの美紀(大沢ひかる)と班目(前田公輝)、多額の負債を抱えている宗教団体の教祖・段来示(栗原英雄)と資産家令嬢・ひかる(水田芙美子)、昔は脚光を浴びていた老女優・舟木(李麗仙)とマネージャーの澤井(大谷幸広)。ホテルオーナーの桜木もまた、離婚した妻・美智代(遠山景織子)と娘・歩(山田望叶)と偶然再会してしまう。
信じてたものを失い、人生の山場を迎える人々。その先に待ち受けるゴール、それぞれの見る未来とは…。
尾崎●今回は、初の長編映画ということでですが、撮影を終えていかがですか?
門馬▲この作品のシナリオはすでに2011年から作り始めていました。30歳で映画製作会社ドッグシュガーを立ち上げ、それから10年間で今回の作品を含め3〜4本の企画がありました。しかし、長編をいきなり監督するということは難しく、この作品を撮るための実績を積むという形で、今在籍しているand picturesのプロデューサー伊藤の意見もあり、短編映画の製作をしました。2012年に初監督した短編映画『ミネストローネ』が、short shorts Film Festival & Asia 2013 JAPAN部門に正式ノミネートされ、2作品目の『ハヌル-SKY-』(2013年)が、ミュージック Short 部門のグランプリ:UULAアワードを受賞しました。賞をいただいたことを受けて、その短編作品と本作の一雫ライオンさんの脚本を持って、市原隼人さんに出演交渉をしました。
尾崎●この作品への思いが強く、長編を撮影するための短編作りだったと。
門馬▲そうなんです。最初の短編は、もともと90分の長編を20分に収めた群像劇でした。2作目は、長回しの二人芝居、3作目がある家族の家での出来事を描いた作品。この短編3作品をまとめると、今回の映画『ホテルコパン』の原型になるんです。そういったことを意識して短編を撮りました。全ては、このホテルコパンを撮るためのプレゼンテーションだったんです。
尾崎●本作では、1998年の長野オリンピックから18年の時が流れて、作品のテーマでもある過去の栄光と挫折といったことから、スキージャンプ台が出てきますが……。
門馬▲私の中では、ホテルの群像劇を作りたいという思いが第一にありました。脚本家の一雫さんとの打ち合わせし、市原さんの演じる、元中学教師がいじめの問題から逃げるように東京を離れて行き着く先を、一雫さんが、働く場所として人里離れたホテル、儲かっていないホテルという設定にし、それを長野県白馬村にしました。夏場にロケハンに行きましたが、ペンション街などゴーストタウンになっている場所もありました。オリンピックの時には、たくさんの人が集まり賑わっていたあの時と、現在との落差といった部分を、この作品の物語とリンクさせたいと思ったんです。テーマとして、人生に行き詰まり、壁にぶつかった人間が、どう立ち向かっていくかを描きたいと思っていたので、この場所は、まさにうってつけの場所でした。
尾崎●原田選手が飛んだオリンピックを生放送で観ていただけに、あのジャンプ台は象徴的でしたね。
門馬▲長野オリンピックの思い出って、圧倒的にあのジャンプだと思うんですよ。だから映画の中でもあのジャンプ台が見えるように撮影して、近藤さんにもジャンプ台の話ばかりしていただき、そのオリンピックが行われた場所だけど、描いているのはオリンピックとは無縁の今では人がいないこの場所。その対比のひとつのモチーフとしてあのジャンプ台が存在するんです。
尾崎●主演の市原隼人さん(元中学教師:海人祐介)の魅了について教えてください。
門馬▲この役に入る一週間ほど前から減量を始め、現場に入った時には、5kgくらい体重が落ちていました。物語の中では、神経質でストレスから食事を戻してしまう場面もあったので、その役になりきるために彼は体重をしぼってきたんです。その状態からすでに役に入り込んでいましたので、芝居の時以外は他のスタッフ・キャストとは話しをしませんでしたね。人を遠ざけるといった感じで、話しかけてもちょっと小声で「あっ、はい」と答える程度でした。近藤さんが笑わせようとしても、距離をおいていましたね。撮影が始まって一週間目にみんなで食事をする機会があったんですけど、その時に初めてスタッフ・キャストと話しをしたといった感じです。ラストシーンの撮影も終わって、重たいシーンを越えて気持ちが楽になったからでしょうか。彼はとても繊細なので、自分のキャラクターが成立しているかをいつも気にしていました。
尾崎●市原さんは、今までにはあまりない役どころだったかと思われますが?
門馬▲そうですね、こういった役柄は『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)の時くらいですね。私の中に、そのイメージが大きくあり、今回、オファーさせていただきました。
尾崎●メンバー全てが絶望へと向かっていくストーリーですが、後半では思わず涙がというシーンも……。
門馬▲そうなんです、日記の部分とか大谷さんの“ドンドン”という部分……、これ以上はお話しできませんので、ぜひ劇場でご覧ください。
尾崎●ほんの小さなきっかけから、心がマイナスからプラスへと……。
門馬▲この作品の中では、社会の中での生きづらさというものを描いています。悩みや不安をかかえ、問題が発生して心が苦しくなってしまうことがあるかと思います。孤独の中で問題と向き合おうとすることで、さらに問題を悪化させる。私は、人は孤独になってはいけないと思っているんです。だからこ作品では、ほんのちょっと他人と関わることで、人は救われるんだということを描きたかったんです。この作品を観ていただいた方に、少しでも伝わればと思っています。
尾崎●今回、このホテルには、ワケアリの人物が市原さんを含め、10人登場しますが、それぞれの魅力についてひとことづつお願いします。
門馬▲近藤芳正さん(ホテルコパン・オーナー:桜木悟)は、この物語の中では、ストーリーテラーなんです。市原さんとは別に、もうひとつの物語を背負っています。市原さんは希望を失ったところから始まっていますが、一番絶望を感じるのは、近藤さんかもしれない。今回は全員が絶望へと向かっていく中で、唯一コメディの部分でもあり、この物語の中で面白さを含んでいるのは、近藤さんだけです。この重い物語を少しだけ軽く見せてくれています。
尾崎●そうですね、コメディの部分があることで、後半の絶望感がクローズアップされていますね。
門馬▲近藤さんは、前半と後半とで落差があるので、前半は本当に楽しくて希望だけを持っている人物を完璧に演じていただきました。こちらが演出しなくとも「こんな感じがいいかなぁ?」って次から次へとアイデアを出していただきました。毎回、お芝居が変わるんですよ(笑)。
門馬▲玄理さん(もう一人のホテル従業員:片山ユリ)は、お父さんが寝たきりのシーンが一瞬ありますが、この作品の中では、一度、絶望を乗り越えて開き直っている人物。自分は自分で良いんだといった、どこか自由で達観していて、この登場人物の中では、他とは違った存在ですね。
門馬▲清水美沙さん(海人が担任した生徒・守の母親:高井千里)は、海人を陰湿に責め立てる、恐ろしい母親を演じていますが、普段はチャーミングでサバサバとした感じなんです。でも作品の中では、この恐さが、ほんとうに似合っているんです。
尾崎●海人に対しては攻撃的になっていますが、大沢さん演じる美紀には、優しく接していますよね。
門馬▲そうですね、作品の中では、お母さんという言葉が何度も出てきます。母親としての嫉妬と後悔を、母親の象徴として演じていただきました。
門馬▲今、話に出ました大沢ひかるさん(カップルの無邪気な彼女:浜名美紀)の見せ場は、ラストです。彼女は実際は理知的な人なんですけど、この作品の中ではバカなところを作って演じていただきました。清水さんと会話をするお風呂場のシーンにも注目ください。この時の大沢さんの表情が、すごく好きなんです。
相手役の前田公輝さん(カップルの優しき彼氏:班目孝介)は、みんなとは違う道を選択します。ネタバレがあってあまり言えないのですが、だからこそ、しばらくは行き詰まる人生を送る人の象徴にしています。
門馬▲水田芙美子さん(資産家令嬢・宗教に縋るお嬢様:大崎ひかる)には、初めての試みにも挑戦していただきました。その初ヌードに対しても度胸があって、やりきろうという意識が高い女優さんでした。
栗原英雄さん(多額の負債を抱えている宗教団体の教祖:段来示)は、教祖という役どころで、悪い教祖の部分と、悩んでいる部分、そしてラストの部分と幅広く演じていただきました。劇団四季出身ということもあり、あるシーンでバレエの踊りを取り入れていただいたんです。残念ながら本編ではカットしてしまいましたが……。
門馬▲李麗仙さん(昔は脚光を浴びていた老女優:舟木曜子)は、もう顔のアップだけで、存在感があり、まさに貫禄の演技でしたね。
大谷幸広さん(マネージャー/老女優の付き人:澤井善)は、僕の短編作品にも出演しています。彼の最後の見せ場のシーンは、実はオーディションで選考しました。それほど重要なシーンということです。
尾崎●それでは、最後にメッセージをお願いします。
門馬▲社会での生きづらさを描いた作品です。みなさんが社会で生きていく中で、問題を抱えているとすれば、ホテルコパンに登場する10人の中から、自分と照らし合わせて、人生とどう向き合っていけば良いのか?なにかひとつヒントになるものを見つけていただければ嬉しいなと思っています。みなさん、ぜひ劇場でご覧ください。
出演:市原隼人
近藤芳正 大沢ひかる 前田公輝 水田芙美子 栗原英雄 玄理 大谷幸広 李麗仙 清水美沙
監督・編集:門馬直人
脚本:一雫ライオン
主題歌:「もう、行かなくちゃ。」新山詩織
音楽:Sayo Kosugi
製作:and pictures
製作プロダクション:and pictures
配給:クロックワークス
公式HP:hotelcopain.com
公開:2016年2月13日(土)シネマート新宿ほか全国順次公開
©2015 and pictures inc.