白夜街道

日露を股にかけた舞台設定とくれば、単に刑事ごとではなく、公安テリトリーになりそう、とは読者も承知。それに倉島警部補は公安だしね。
曙光の街」を読了したら間髪入れず本作を手に取るべし。頭の中で気持ちいいほどきれいに繋がって、読み始めたら止まらない。一気に読んでしまいたくなる作品だ。

本作のように、インターナショナルかつ「諜報」臭芬々たる作品に触れるたびに同種の感慨を持つ。世がオリンピック開催に沸く時も、サッカーW杯に帯熱のこの片時も、銃器を携えて命がけで戦っている民族、地域、国家が現存しているのだということ。何片腹に抱えてもいず、ただただ単純にスポーツ観戦に興じていられるのは、もしかしたら日本だけではないだろうかとも。

いやいや、「平和ボケ」などと罵るつもりは毛頭ない。それどころか、誰が何と謗ろうともそのノーテンキっぷりは守るべき価値があると確信している。まかり間違ってもあらぬ方向へなど、一歩たりとも踏み出してはいけない。「世界平和貢献」など言う隠れ蓑に騙されて手放してはならない。
ひょっとしたら、ノーテンキ状況こそが世界の最先端を行っているとも言えるのだ。地球環境も世界平和もグローバルシンキングが求められている中、胸を張って「お馬鹿さん」を演じ切ることの方がむしろ、真にグローバリゼーションに至近距離に位置することであり、どの国、地域、民族も得られなかったが唯一、日本だけが敗戦のダメージと引き換えに獲得した「拾い物」だったのだ。

ってなことを、本作を読み終えてしみじみ思いながら、今野さんの偉大さに改めて気づく。私がふと思いついた感慨ではなく、そのような世界観へと誘導する意図が巧みに埋め込まれていたにちがいない。

意外性を孕んだストーリー展開、スピード感、驚くべき情報量。すべてに於いて魅力満載な本作。はらはらドキドキさせて目一杯惹きつけておいて、世界の苦悩を憂う心をしっかり作中に忍び込ませた今野さん。作家たる所以、真髄を見た。

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作者名:今野 敏
ジャンル:ミステリ
出版:文春文庫

白夜街道