アルピニスト竹内洋岳氏といえば、2012年5月26日にヒマラヤ・ダウラギリ8167mに登頂。世界で19人目、日本人初の8000m14座完全登頂を達成し、国内外で大きく報道され、人々の感動と称賛を集めたことは記憶に新しい。ドキュメンタリーフィルムをTV鑑賞した視聴者も少なくないだろう。
氏はまた、必要最小限、少人数のチーム編成で、酸素ボンベ、シェルパを使用しない速攻登山と継続登山、アルパインスタイルを積極的に取り入れるなど、登山家として世界の五指に数えられてもいる。
一方、塩野米松氏は聞き書きの「名手」。1992年に「昔の地図」で第107回、93年「オレオレの日」、94年「空っぽの巣」、96年「ペーパーノーチラス」と計4回芥川賞候補に挙がる。全国各地を旅して漁師や職人の聞き書きを行ない、伝統文化・技術の記録に精力的に取り組み続けている。
本書はいわば聞き書きの名手塩野氏がアルピニスト竹内氏に根掘り葉掘り聞き出した話を文字・文に写したもの。2年間、200時間弱に渡って行なわれたインタビューで竹内氏の生い立ちからガッシャブルムIIとそれに継続したブロードピーク登頂までが語り尽くされる。もちろんその前年の雪崩に遭い、負傷した山行も含めてである。
まさしく、聞き取り開始の時期は心身ともに事故の影響が濃い折から、他でもない事故そのものと心的影響も含めたその後が本書冒頭「2008年1月16日・話しはじめに」で触れられている。竹内氏の語り口もほぼ、そのままに、凡そ著者の意図・作為を挟むことなく、書き写されていくが故に返って胸に迫り、涙腺を熱くする。
塩野氏が最後に言う。
「私はプロの登山家竹内洋岳という人間像を描こうと、ゾウにたかった蟻のようによじ登って見たり、齧ってみたりしてみただけである」と。
否、我々読者もまた一匹の蟻のようであるに違いないとすれば、塩野氏は竹内洋岳という深山を行くに欠かせない、秀逸なシェルパであることは間違いない。
※内緒の話しというわけではないが、我が「あそびすと」でも既に竹内氏にはインタビューをさせていただいている。1回は氏単独で、もう1回は山岳気象予報士の猪熊隆之氏との対談である。せいぜい、敏捷な「蟻」たらんとした編集に請うご期待である。
本書を手にした時から、幾度も胸を熱くしながら読み進め、感動の余韻冷めやらぬままに詠み終えても、なぜ表題に「初代」と冠しているのかという疑問については、想像の域を出ない。そこんとこ、氏に直接訊いてみるんだった。
ぬかった!!!
作者名:塩野 米松
ジャンル:聞き書き(オーラルヒストリー)
出版:アートオフィスプリズム