今日は3月15日、今年の春分の日は3月20日だから、今週末の17日から春のお彼岸だ。 “彼岸”とは仏教用語で“あの世”であることから、お彼岸というのは仏教の行事のようだが、仏教界というよりはむしろ我が国の風習。八百万の神(やおろずのかみ)がおわすとされる日本では、信仰宗派などを越えてのご先祖様を偲ぶ1週間と考えていいだろう(その辺はぜひこちらで:『憎いウンチクshow・暑さ寒さも……「お彼岸」の謎』)。
お彼岸間近のそんな折り、今回はタイムリーなお店を訪ねてみた。中央通りを頂上まで登ったインフォスタワーの前、坂の街・桜丘のまさに山頂にある仏具店の『ほんもん屋』。こんにちはと扉を開けてみて気が付いたが、筆者が仏具屋さんに入ったのはこれが初めてかもしれない。
「それはそうかもわかりませんね。あまり頻繁に来られていつも位牌を買って帰るなんてのはあまり縁起のいい話じゃないからねえ(笑)」
場違いな珍客をそう迎えてくれたのは『ほんもん屋』社長の的場亨さん。続けて「ここのお店は鶯谷町にあるお寺さんの指定店だったりしますし、仏教だけが信仰ではないですから、特に若い人はなかなか縁がないですよね。まあ、最近はアロマなどでお香も注目されていますし、もちろん私たちもお香は扱っていますからね。それで若い人も覗いてくれたらいいですね」と奥さま、そしてご子息&ご令嬢も登場。そう、ここ『ほんもん屋』はファミリーで桜丘に根付いているお店なのである。
それではどれくらい根付いているかというと……サラッと「もうすぐ60年だね」。先代の社長である的場さんのお父さんが戦後に鶯谷町で開業し、2年ほどでいまの場所に移転して五十有余年……当コーナーで老舗として登場いただいたお店も数あるが、もうすぐ還暦という50年選手はブッちぎりの老舗である。 「住まいも桜丘だから私も生まれて56年ずっとここに……」
え、お若いですね的場さん……と言うが早いか、「だってほら、亨さんはここの前の道で遊んでいたんだもんねえ」と奥さまが話を振っての思い出トークが開始。
「そうだよな。当たり前だけど昔は土の道でね、そこで自転車に乗ったりして遊んでいたんですよ。それにもちろんビルなんかはなくて、ずっと一軒家が並んでいたし、『文化センター』のところには大和田小学校があった……私はもちろん卒業生だけれども、息子が学校に通っているときに統合ってことになってね。あのときは卒業生も在校生もその親も、どっちの小学校に統合させるかとか、そもそも賛成か反対かとかで意見が分かれて大変だった(笑)。それはともかく、ビルがないときは富士山も見えたりしたし、それが桜にも映えて……あら? そうか、桜並木になったのはまだ最近か……」
昔は柳だったんだよね、たまにはこういうことを思い出すのもいいよなあ……と笑顔を見せる的場さんと奥さま。余談ながら『桜や薬品』や『コクエイ不動産』でも登場した“桜丘の老舗”おなじみのエピソード、“ロス○惑”については「おおーっ懐かしい。あのとき私たち『フルハムロード』の上に住んでいて、連日大騒ぎだったんですから(笑)」と。もはやこの思い出話は老舗店のテッパンですね(笑)。
彼岸のご先祖様が此岸(この世)の私たちを見つめるように、長く静かに桜丘を見つめ続ける『ほんもん屋』と的場ファミリー。
「これ以上変わってほしくない、という見方もありますが、いろいろと再開発の話もあることですし、より便利に変わってほしいとの見方もあると思います。たとえば駅からフラットにここまで来られる……やはり年配のお客さんが多いですから、坂を上がらず巡回バスを使われたりしている。私も飲んだ後とかツラいですよ、ここまで上がってくるの(笑)。ですから今後は、坂を乗り越えて来られる若いお客さんにお香を注目してもらって……というのはともかく、思い入れも当然ある街ですし、より住みやすい変化を願いたいですね」
ビルひとつない街並みから近代、そして未来へ。発展を続けているからこそより映える古き良き思い出は、“三丁目の夕日”ならぬ“桜丘十三丁目の夕日”として、この街に根付いた家族と老舗仏具店を、今日も照らしている。
Q・あなたにとって桜丘とは?
「難しい質問だな(笑)。これ、長い人ほど難しいよね……」(的場さん)
「昔コンビニとかで売っていないものが急に夜に必要になったとき、デパートが近くて便利と思ったことがありますよ」(奥さま)
「そういうことを聞かれているんじゃない気がするなあ(一同爆笑)」(的場さん)
お仏壇が並ぶってのは壮観ですね。
「当店で扱っている仏壇には、位牌などが汚れないようにガラスが入っているのですよ」
お仏壇に欠かせないアイテム(?)も当然取りそろっております
礼服のポケットに数珠を入れっぱなしの人、多くないですか?
「数珠入れに入れておけば痛むこともないですし、スマートですよ」
仏具の織物ではブランドたる正絹龍村美術織です。
「デパートなどで買うよりだいぶ安いお値段です。なので『これ本物?』って聞かれることもあります(笑)」
『ほんもん屋』注目アイテムのお香ですね。おなじみ、お線香ももちろん扱っております
桜丘を暦で一周、60年見つめ続ける的場ファミリー。三代目の笑顔が眩しい(笑)
【今回の桜な人々】
東京ほんもん屋
的場 亨さん
〒150-0031
東京都渋谷区桜丘町13-11(マップ)