本年9月3日(土)、神奈川県川崎市多摩区のかつて向ヶ丘遊園があった場所に「藤子・F・不二雄ミュージアム」が誕生する。
藤子・F・不二雄は富山県から上京後(藤子不二雄Aとともに)、長年川崎市生田区に居住しており、川崎の地で数々の傑作を生み出している。川崎市文化賞も受賞している縁から川崎市と藤子プロが構想を進め、まもなく開館の運びとなった。入館は事前チケット購入の上の日時指定予約システム。突然行っても入れないので上のHPリンクなどを参照のうえお運びを。ちなみに栄えある開館日は大・大・大代表作であるネコ型ロボットの誕生日である(2112年9月3日生まれ)。
さて、今回はその“藤子F”の代表作を取り上げる。
まず彼の作品を思い浮かべていただきたい。『ドラえもん 』、『パーマン 』、『キテレツ大百科 』、『エスパー魔美 』、『21エモン 』などなど……とりあえずテレビアニメ化されて筆者が観た覚えのあるものを上げたので、別に『ウメ星デンカ 』を入れていただいたりしてもかまわない。ちなみに「魔太郎 」や「せぇるすまん 」、「猿 」であるとかは有名だが、「ハットリくん 」や「怪物くん 」も“藤子A”の作品だ。黒かったりゴルフだけではないのである。
で、上記した代表作、主人公にはみなそれなりの目的意識がある。
ドラえもんはのび太くんをちゃんとした大人にするためにセワシくんが送り込んだのであり、パーマン1号でもブービー(2号ね)でもが町の平和を守っている。キテレツこと木手英一は発明を役に立てており、佐倉魔美はエスパーとして人助けをしている。つづれ屋21エモンはロケットを買うためにホテルつづれ屋の跡取りとして渋々働いている、こんな具合である。それぞれの使命というか役割を果たすことをストーリーとして、読者なり視聴者なりに伝えられる――これ、藤子F漫画の王道とかそれ以前に、漫画だけでなく小説でもドラマでも映画でも半ば当たり前の話だ。
ところが。
それに当てはまらない藤子F漫画がある。
オバQ。
これも忘れてはならない代表作『オバケのQ太郎』である。
主人公のQちゃんは今で言うところのUMA(未確認生物)だ。それはP子もO次
郎もU子もドロンパも一緒である。そんな彼らが人間と同じ家庭で、同じ釜の飯を食べながら生活をしている。それこそQちゃんは釜ごと飯をお代わりして怒られるような生活を、である。
繰り返すが彼らはUMAだ。UMAをわざわざ人間界に登場させたのならば、このようなほのぼのとした日常を送りつつ、裏ではたとえば地球を征服するであるとか、多少ロースケールでも大原家を乗っ取るであるとか、実はドロンパは神成さんを暗殺しようと企てているとか……いや、そんな悪行だけでなく、命懸けで居候している家を守る覚悟を持っているとか、そういう目的意識があって然るべきなのである。
しかし彼らにはそれがない。ひとかけらもない。ただ単にのほほんと生活をし、特にQちゃんが周囲を引っかき回している姿だけがこの漫画の軸なのである。
先ほどこの原稿を書こうと決めた際、「オバQってなにしてたっけ?」という声が上がったのだが、それも当然だ。だってなにもしていないもの(笑)。しかし、たとえQちゃんが苦手な犬に追いかけられようとも、服の下の実体を見られそうになっても読者はまったくハラハラもしない、平和にドタバタを起こし続けるだけの「なにもしていなさ加減」、これがQ太郎というキャラクター、そして『オバケのQ太郎』という漫画の最大の魅力なのは間違いない。
こんな場面がある。
★
縁側でケーキを食べているQちゃんの後ろを、正ちゃんが通りかかる。正ちゃんがなにも言っていないのにQちゃん、
「あげないよ」
★
このシーンにオバQ、とどめを刺す。居候のUMA、家人に対してこの思考と言動。ああ、このほのぼのさよ――
涙を交えたりしない、笑わせるだけのコメディ――『オバケのQ太郎』はギャグ漫画の鑑、なのである。
作者名:藤子・F・不二雄
ジャンル:コミックス
出版:小学館