事前に歌詞を当局に提出して許可を得られなければ、ライブもCDリリースもできない国、イラン。どうしてもやりたければ警察の目をかいくぐってやるしかないが、それには逮捕や罰金といったリスクが付きまとう。ミュージシャンにとっては地獄のようなこの国の奥底で、天国のような様々な音楽が煌めき、ほとばしる。
メガネ女子ネガルは、ボーイフレンドのアシュカンとともに音楽活動の真っ最中。彼女の夢は彼と一緒にロンドンでライブをすること。イランにいたままでは好きな音楽をやるにも一苦労だからだ。だが、西洋寄りのインディー・ロックをやる彼らに、ビザやパスポートが発行されるわけもない。彼らの音楽に惚れこんだ便利屋の男ナデルは、そんな彼らに偽造パスポート作成屋を紹介するが……。
たった17日間で撮影したとは思えない、完成された1コマ1コマ。そして出演するミュージシャンたちは、すべて実在してその音楽活動に今も励んでいる実力派ばかりだ。耐え難い現実と、美しい現実と、そして少しの……だが、その現実を更に観客の心にグサリと突きつけてくる“リアル”なフィクション。すべてがないまぜになったその中で、音楽への情熱が際立っていく。
音楽だけでなく、映画ですら脚本を事前に提出して許可されなければ撮影も公開もできない。この映画も、当局に無許可でゲリラ撮影されたものだ。本作を最後に、監督は国外へ移り住む。だが、とある理由でせっかく予定されていた監督の来日が中止となってしまったのだ。監督自らのメッセージは、こうだ。「日本へ行くための私のパスポートは、査証ページがなくなっているため、その再発行(増補)を、在外のイラン大使館・領事館にお願いをしていました。
しかし結局、どこのイラン大使館でも『イランに戻らなければ発行しない』という返事しかもらえませんでした。今の私がイランに戻るということは、刑務所に入れられるか、二度とイランの外へ出られないかを意味しています。そのために今回は残念ですが、日本へ行くことを諦めなくてはなりませんでした」……なんと悲しい理由だろうか。
肉体を維持させるためだけなら、音楽がなくとも生きてはいける。だが、精神は違う。その真実を脳髄に叩き込まれるような予想だにできなかったラスト……それは、ゆがんだこの国の狂気が彼らにもたらした、許しがたい結末なのだ。
ペルシャ猫を誰も知らない(DVD)
監督:バフマン・ゴバディ
脚本:バフマン・ゴバディ/ロクサナ・サペリ/ホセイン・アブナケール
出演:ネガル・シャガギ /アシュカン・クーシャンネジャード /ハメッド・ベーダード
配給:ムヴィオラ
ジャンル:洋画
公式サイト:http://persian-neko.com/