世界の映画賞の各賞を総なめにした『選挙』から1年。またもや相田監督の“スゴイ”観察映画が登場した。
舞台は岡山市の外来精神科診療所。出演者はすべて、実在の患者さんと診療所スタッフたち。偏見を持って見られがちな“精神科”の診療の現場や患者さんたちの実際の生活の一コマなどが、赤裸々に綴られる。リストカット跡が痛々しく腕に残る者、幻聴のせいで家に帰れない者、頭の中にインベーダーがいると告白する者、疾患を隠しながら社会生活を送ろうと必死に努力する者。そして実際に彼らの口から語られる苦しみの数々。これだけプライベートなことを語っているにも関わらず、顔にモザイクはかかっていない。出演者たちひとりひとりに許可を得ての撮影だからだ。そして今回もまた、『選挙』同様に一切のナレーションや音楽はない。観客が思い、感じることを制限したくはないという監督の意図の表れだ。
日本の年間の自殺者数は3万人を超える。そこには、誰もが一度はかかるといわれている“欝”などの精神疾患が関係しているという。本作でも、撮影後に3名の出演者が命を落とした。その医療の現場に密着し、観客に“何か”を問いかける作品だ。
結局、心の質感とは空気のようでもあり、はたまた鉄のようでもあり、その中間のやわらかなクリームのようでもある。そして人は皆、ひとりで生きることはできず、好むと好まざるとに関わらず他者と密接に関係しあっている。そのときどきの環境や自分自身の状態によって硬くもなりやわらかくもなる“心”が、同様に硬かったりやわらかかったりする他者の心とどう接しながら生きるのか。それは、実は車の運転よりもはるかに難しいことであり、だからこそ人はときどき軽い接触事故を起こしたり、少しのハンドル操作を誤ったりするだけで重大事故を起こしてしまう。決して望んでそうしているわけではなく、もともとの運転技術が未熟な人もいるだろう。だが、自動運転の車種に乗っていない限り、誰もが“怪我”をしてしまう可能性を充分に秘めているのだ。他者との関わり方のハンドルさばきをどうするか、そして自分が社会においてどういう位置づけにあるか、ありたいか。または他者を省みずに好き勝手にハンドルを切った結果、事故を起こしまくって怪我だらけになる。とにかく他者とどう関わり、そして自分をどう確立させるか。それが人の悩みの大半なのではないか。
ふとした瞬間に織り込まれる、動物たちのワンカット。社会生活に疲れると、我々はときおり、動物たちが羨ましく見える。お前たちには煩わしい悩みがなさそうでいいな、と。だが、そう見えるのは我々の幻想であって、彼らにも実は精神疾患はあるのかもしれない。
精神(DVD)
監督:想田和弘(撮影・編集・製作も)
出演:こらーる岡山のみなさん
配給:アステア(宣伝も)
ジャンル:邦画
公式サイト:http://www.laboratoryx.us/mentaljp/index.php
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